2018年12月04日

『NEOドラゴンズ』の期待と展望⑤・・・“根尾”くんのポジション

毎週火曜日に連載・・・と称してやっています
『来シーズンのドラゴンズの期待と展望』ですが
軽い体調不良(やや風邪気味ていど・・・)の為
今日は、アッサリと済ませます。m(_ _)m ヒラニーヒラニー


この秋のドラフト会議で、スーパールーキーの“根尾”くん



を引き当て、「どう育てるか?」が話題になっています。

正直シロウトの私に、“根尾”くんの能力は計り知れないのですが
まぁ、それもシロウト親父の楽しみなので・・・


そこで、個人的な『“根尾”くんの育成プラン』ですが
「獲った以上は、使って育てる…」って決め付けたモノでは無く
「能力を見て、判断する」のが、筋だろう・・・と思っています。

そんな中、彼のポテンシャルを考えると、守りは何とかイケそうなので
“与田”監督や首脳陣たちは
「2軍でフル出場させるよりも、1軍で我慢して使いたい…」
って判断されると思っています。

それも、「まずは楽なサードや外野でも・・・」って事ではなく
最終目標は「内野手のチームリーダー」に育てたいので・・・
守りさえできれば、打率は身長くらいでも良い・・・って判断で
「セカンドで行ける!」と想像しています。

開幕は、1番(2番の可能性もあるが、下位は疑問?)セカンド。

これでイケル!と思っていますが・・・いかがでしょうか?
(O.O;)(o。o;) ドキ ドキ


では、また。(^0^)/~~ バイバイ   


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2018年11月27日

『NEOドラゴンズ』の期待と展望④・・・“京田”くん

2年前のドラフト会議。
2人の『大学生ショート』に注目が集まりました。



向かって左が、中京学院大学の“吉川 尚輝”くん
右が、日本大学の“京田 陽太”くん です。

彼らが4年生の秋、オールジャパン(たぶん、大学生選抜)に選ばれた時
“吉川”くんは、クリーンアップを打ちましたがセカンドに回され
“京田”くんは、ショートを守りましたが、7番打者でした。

これ一つ取っても、守備は“京田”くん。打つのは“吉川”くん
という評価だったんだ・・・と、推測されますが
現実は、ドラゴンズに入団した“京田”くんは
1年目からショートのポジションを任されたと思ったら
チームの【新人安打記録を更新】して、バッティングで印象を残しました。

他方、ジャイアンツに1位指名で入団した“吉川”くんは
2年目の今季、開幕からセカンドを任されましたが
その理由は、バッティングよりも守備の安定を買われたらしく
“坂本”選手のケガの後、ショートをそつなく守っていました。

アマチュア時代の評価は、アテにならない・・・って訳では無く
2人とも攻守供に『高いレベル』の選手なんだ・・・って事だと思われます。




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2018年11月21日

『NEOドラゴンズ』の期待と展望③・・・客を呼びたいんや!

毎週火曜日連載。と銘打ったこのシリーズですが
諸事情により、1日遅れてしましました。申し訳ありません。m(_ _)m ヒラニーヒラニー
来週は、予定通り火曜日UPの予定です。(ゝω・) テヘペロ




先週、『強いチーム』・・・って何? って事に対して
ドラゴンズの根幹は「点を取られないチーム」
と、書きました。

そんなドラゴンズを愛する私たちに、4年前・・・
衝撃のニュースが飛び込んで来ました。
2015年、ソフトバンク・ホークスの本拠地『福岡ヤフオクドーム』に
「ホームランテラス」という名の「ラッキーゾーン」が作られました。



本来、このような改築は、「本拠地チームが強くなる」ことを
目指して行われるモノなんですが・・・
今季、リーグ2位から日本一に輝いた『ソフトバンクホークス』は
この10年間、弱いと思ったことが無いチームです。

ざっくりとデータを載せると・・・

      チーム打率  得点     失点     ホームラン
2010・優勝・.267(5位)・ 638(4位)・ 615(2位)・ 134(3位)
  11・優勝・ .267(1位)・ 550(2位)・ 351(1位)・ 90(2位)
  12・3位・ .252(3位)・ 452(5位)・ 429(1位)・ 70(4位)  
  13・4位・ .274(1位)・ 660(1位)・ 562(3位)・ 125(1位)
  14・優勝・ .280(1位)・ 607(1位)・ 522(2位)・ 95(5位)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  15・優勝・ .267(1位)・ 651(1位)・ 491(1位)・ 141(1位)
  16・2位・ .261(3位)・ 619(2位)・ 479(2位)・ 121(2位)
  17・優勝・ .259(2位)・ 638(2位)・ 483(1位)・ 164(1位)
  18・2位・ .266(2位)・ 685(2位)・ 579(2位)・ 202(1位)

これを見る限り『ソフトバンクホークス』は
「強いチーム」がゴールではなく
「客を呼べる、魅力的なチーム」にしたいと思っている・・・

その為に、野球の華である「ホームラン」を増やし
得点力を上げ、「ワクワク度の高いゲーム」の確率を上げたい・・・。
そんな感じに思える「ホームランテラス」の設置と推測しています。


さて、それに照らし合わせると、我らがドラゴンズですが・・・



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2018年11月13日

『NEOドラゴンズ』の期待と展望②・・・チームの骨格

我らが『中日ドラゴンズ』は、2018年シーズンを
143試合を戦い、63勝・78敗・2つの引き分けで
2年連続の5位で終了しました。

これで6年連続のBクラス。
特にこの4年間は5位・6位・5位・5位と
【弱いチーム】のレッテルを貼られた感じが強いです。


では、『強いチーム』・・・って何なんでしょう?

端的に言うと「点を取られないのに、点が取れるチーム」
なんですが、ドラフトなどで『戦力の均等化』されてますし
そもそも【矛】と【盾】の関係なので全部が完璧にはなりません。

そこで、各チームが【特徴あるチーム編成】を考える訳で
それが、チームカラーとなっていくのですが・・・
我がドラゴンズの場合、ホームグランドが『広いナゴヤドーム』に
なったのに伴って、守れる選手がレギュラーの中心となっていきました。

その集大成と言えるのが『“落合”監督の黄金の8年間の頃で
『ゴールデングラブ賞』の9つのポジションの多くを
ドラゴンズの選手が取っている年が多かったです。

日本一に輝いた、2007年とその前年の『ゴールデングラブ賞』は
ドラゴンズが半分以上の、5つのポジションを取っています。

誰でも思い出せる、この4人と・・・


左が2007年、右が2006年に『ゴールデングラブ賞』を取っています。

驚愕なのが、“落合”監督就任1年目の2004年。
6つのポジションで『ゴールデングラブ賞』を取っていて、全員が初受賞。
(残る3つのポジションも僅差の次点で、特に“谷繁”捕手は2票差だった事を考慮すると、ほぼ独占)

中でも象徴的なのが、この2人

“渡邉”一塁手と“英智”外野手。ほぼ守りだけで取ってしまいました。


“落合”監督は、『投手王国』と呼ばれるドラゴンズを任されて
守れる事を最優先とし、さらにそれを鍛え上げただけで
1年目に、セ・リーグを制し、日本一まであと一歩の所まで行きました。


では、これが『チーム造りの正解』だったか?というと
そうでも無いことは、後のチーム編成が証明しています。

しかしながら、『投手を含めた守り』を安定させることで
チームの骨格を作り上げたことは間違いなく
このチームから、どう進化させるか? がその時の課題であり

この6年間、ドラゴンズは何を目指してきたのか? を
来週、推測してみたいと思います。


では、また。(^0^)/~~ バイバイ







  


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2018年11月06日

『NEOドラゴンズ』の期待と展望①・・・プロローグ

(ネット記事より無断拝借)

NEW :「新しい」という意味の英語(形容詞)
NEO :「新しい」という意味のギリシャ語。英語では接頭語として使う。
例・・・「ネオリアリズム」「ネオロマンティシズム」

NEWは「新人」のように、「新たに産まれた」「加わった…」的な感じで使い
NEOは「進化」など「従来のモノの新しい形」といった意味で使われる事が多いようです。





我らが『中日ドラゴンズ』は、2018年シーズンを
143試合を戦い、63勝・78敗・2つの引き分けで
2年連続の5位で終了しました。

これで6年連続のBクラス。
特にこの4年間は5位・6位・5位・5位と
【弱いチーム】のレッテルを貼られた感じが強いです。



でも・・・今年のドラゴンズは、本当に弱かったんでしょうか?

いや、そうでも無い・・・
個人的には、この5年間で、最も充実したチームだった・・・
と思っていました。

では、なぜ勝てなかったのか?

それは“森”監督が
「勝つ事より、チーム造りを優先させた」
から・・・だと思っています。

それでも勝てる監督は勝つのですが・・・
“森”監督は、そこまで「持ってる人」では無かった・・・
って思っていました・・・。



そんな中、ドラゴンズの監督が代わることになりました。



“与田”新監督の誕生です。


正直、“落合”元監督と対極の【選手時代の実績】です。
それでも・・・いや、だからこその期待も膨らんでいます。


そんな訳で、しばらく毎週火曜日は、毎年オフの恒例?
『NEOドラゴンズ』の期待と展望で、お茶を濁そうと思います。

では、また。(^0^)/~~ バイバイ



  


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2018年03月13日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。エピローグ

2日前、3月11日は【東日本大震災】のあった日です。

地震】の被害もさることながら
少し遅れて襲ってきた【津波】による被害が、想像を絶する甚大さで
9割以上が、【津波】による被害だそうです。

加えて、【原発】の問題をかかえていますので
個人的には、『日本の歴史の中で最悪の災害』だと思っています。


“星野 仙一”氏が、『東北楽天・ゴールデンイーグルス』の監督に就任して
半年も経たないタイミングで、この震災が起きた時

「野球の神様が、ウチ(ドラゴンズ)の“星野”を派遣した」

と思ったファンは、私だけでは無かっただろう・・・と思っています。




野球が被災者を支えるために出来ること…なんて、ほとんどありません。
そこ中で“星野”監督は、出来ることを精一杯・・・
“星野”監督でなければ出来なかったことを、懸命にやり続けました。

“星野”監督は、そんな力を持った『カリスマ』だと思っています。


思えば、ドラゴンズの歴史の中だけでも
イロイロな節目に必ずいて下さいました。
「ジャイアンツのV10阻止」
「監督として、2度のリーグ優勝」
「ナゴヤ球場ラストゲーム~ナゴヤドーム誕生」


“落合”監督の『8年間の黄金時代』の礎(いしづえ)を築いたのも
“星野”監督だと思っていますし

大阪や東北の人になってしまいましたが
『プロ野球・殿堂入り』の表彰も、偶然?ナゴヤドームでしたし


昨年末には、CBCラジオの特番にご出演されて


結果的には、我々ドラゴンズファンにお別れをしに来てくださった。

そう、思っています。





さようなら、“星野”さん。

ドラゴンズファンを初め、野球ファンに、たくさんのモノを与えてくれて
ありがとうございました。

あなたと一緒に、ドラゴンズとプロ野球を楽しめて
本当に、楽しかったです。

あなたのことが、大好きでした。





合掌。

  


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2018年03月06日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その8

4年連続で最下位に低迷してた『阪神タイガース』を
就任2年目で優勝させたことで
“星野”監督は一躍、全国的に【名監督】という評価を頂きました。


岡山県倉敷市の出身で、元々『阪神タイガース』のファン。
確か就任時に「オレは幸せ者や・・・」とおっしゃってたと思いますが
その中身の一部には、少年時代の憧れを叶えた事もあったと思われます。


全国区になった“星野”監督は、2007年
オリンピックの『日本代表監督』に就任されました。



大親友2人を入閣させ、3人の『トロイカ体制』でチームを引っ張って
いったことと、メダルが取れなかった結果から、やや評価を下げましたが

私たちは、知っていました。
“星野”監督は『弱いチームを強くする』ことが得意であって
『オールスターの完成したチームで戦う』のは、苦手だっただけです。

それが証拠に? 2009年の『WBC代表監督』は、お断りして
翌2010年秋、『楽天ゴールデンイーグルス』の監督に就任しました。

震災で1年遅れた・・・と考えると、いつも通り?
3年目の2013年、リーグ優勝し、念願の日本一にも輝きました。





実は、この年の『日本シリーズ』直前に、ジャイアンツファンの知人に
「日本一は『ジャイアンツ』ですよ。
“星野”監督は【情】に流されるから
 最後の詰めが甘くなります。
 今回も【最後の〆を“田中 マー”くんで…と
 こだわるんで…。勝利の女神はそれを許さない。」


と、自信満々に【大予言】をし、いつものように外しました。(ゝω・) テヘペロ

テッペンには、【縁】が無い…と思ってた、“星野”監督の日本一を見て
心の底から、涙があふれて来ました。

悲願の日本一を、宿敵『ジャイアンツ』を破って達成!
しかも、最後はムリヤリ、“田中 マー”くんに〆させる・・・演出。

私は、最後に“星野”監督が、勝利の女神をも打ち負かした!
そう理解していました。




  


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2018年02月27日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その7

“星野”監督が、【名監督】だったことは間違いありませんが
ドラゴンズでいくら実績を上げても、ローカルな存在でした。

田舎チーム(ドラゴンズ)のエースとして活躍しても
数字で言えば「146勝 121敗 34セーブ」と・・・地味。
監督としても、「2期・11年間でリーグ優勝2回」は
【名監督】ではなく、【名物監督】としてしか記憶に残りません。
(各リーグ6球団なので、6年に1度くらいでは平均点になっちゃうんで・・・)

「いなかのチームをたまに優勝させる」くらいでは
他球団のファンに、認めてもらえませんでした。


ところが、2001年のシーズン終了後。
ドラゴンズの監督を退任された直後
“星野”監督は、阪神タイガースの監督に就任しちゃいました。





この時のタイガースは、4年連続最下位・・・。
しかも、球史に残る名監督 “野村 克也”氏を監督に招いたのに
3年間、全て最下位・・・。という【瀕死状態】

実は、“野村”監督の3年間は
「種をまき、芽を育てた3年間」との事だそうですが
それでも、優勝どころかAクラスも難しい状態で受けて・・・



やはり2年目で、リーグ優勝させてしまい
後を引き継いだ“岡田 彰布”監督の5年間も
ほとんどのシーズンを優勝争いしてることでも分かりますが
『強いチーム』へと育て上げ、2年で監督を退任されています。

この事で、“星野 仙一”氏がメジャーとなり
やっと、【名監督】の仲間入りとなりました。


ただ、この時もそうでしたが・・・
「2」という数字に、縁がありました。

ドラゴンズ時代と同じように、2年目でリーグ優勝するものの
またもや『日本シリーズ』で敗れ、日本2位のチームに・・・


   -つづく-




  


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2018年02月20日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その6

“星野”監督が、【名監督】だったことは間違いありませんが
【敏腕プロデューサー】であったことも、多くの方がおっしゃっています。

わたし個人が「特筆すべき点」と思っているのが【仕入れ部門】の情報網。
例えば、3冠王“落合”選手のトレードの時も

「“落合”が、ロッテを出たがっているらしい」
「巨人とトレード話をしているが、交渉が進んでいない」
ここら辺りから、「どうしたら、“落合”を横取りできるか?」を考え
「ロッテの思惑」「巨人の交渉内容」などを全て把握したうえで
電光石火で、トレードをまとめてしまいました。



“立浪”や“井端”を発掘した時も
初めは、TVやVTRで「ピンときた」らしく
そこから数か月で、徹底的に調べ上げ、ドラフト指名しちゃいます。

まぁ、そこらは『スカウト陣が有能』という事でしょうが
そこをひっくるめた『情報網』の有能さが
【“落合”監督の黄金の8年間】を支えた・・・と思っています。


では、また。(^0^)/~~ バイバイ




  


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2018年02月14日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その5

若干39歳で、ドラゴンズに監督として戻って来たとき
“星野 仙一”氏は、強いチーム作る準備を整えていたと思われます。

1986年夏、“山内”監督の休養の時には、次期監督として白羽の矢が立っていたのでしょう。
秋の「就任発表」直後から、ドラゴンズは目まぐるしく変化していきます。



最も象徴的で、記憶に残ってるシーンですね。
『トレードで、“落合”選手を獲得』
『MLBのドジャーズと提携を結び、ユニフォームも変更』
『“郭 源治”投手をストッパーとして任命』など
準備してなければ間に合わない『目立つ改革』だけでは無く

キャンプの最初のミーティングで、選手一人一人に
「良い所と、ダメな所」を突き付け、教育方針を伝えていったそうです。
(ドラゴンズOB“彦野 利勝”氏がラジオでおっしゃってた話です)


そして、常に結果を出しました。
みなさんご存知でしょうが、一応書いておきますが・・・

【ドラゴンズの第1次政権】・・・1987年から5年間。
足りない所だらけのチームながら、2位に躍進させ
オフの的確な補強もあり、2年目にリーグ優勝

【ドラゴンズの第2次政権】・・・1996年から6年間。
1年目は「ナゴヤ球場のラストイヤー」
2年目は「ナゴヤドームのデビュー」という
チームカラーが大きく変わる時に、チームを任され
振り返ってみると、『ドーム1年目』は、全力で戦って最下位。
この事で、チームの舵を180度切り替えることに拍車がかかります。

1998年が『ナゴヤドーム対応型チーム』の実質的1年目と考えると
2年目の1999年に、リーグ優勝をかざります。


2度とも、前年5位のチームを任され、1年目に2位に躍進させ
『ドーム元年』に6位になってしまったチームを、翌年2位にしています。

ご本人も
「弱いチームを強くしていくのが醍醐味であり
 最も楽しいことだった・・・。」

と、おっしゃってた通り。『タイガース』『G.イーグルス』の2チームも
ドラゴンズと同じように、弱かったけど優勝させてしまいました。

名監督であることは、間違いありませんが
それ以上に、敏腕プロデューサーだったという声も、多く上がっています。


では、また。(^0^)/~~ バイバイ


  


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2018年02月06日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その4

『中日ドラゴンズ』は、田舎のチームです。

ドラゴンズファンには当たり前のことでも、他チームのファンには
そうでも無くて、主力選手の名前すらも覚えてもらえません。

何年も続けてタイトルを取るか、それに準ずる成績を収めないと
その認知度は、東海地区だけの評価になってしまっていました。


“星野 仙一”投手が入団してから、2度のリーグ優勝がありましたが
日本シリーズでは、成す術もなく大敗しています。


“星野”氏は、引退後すぐに
【監督として強いチームを作る準備】に取り掛かります

その最たるモノが「NHK入り」でしょう。





一般的に、ドラゴンズのスター選手が引退したら
地元の放送局が「争奪戦」を繰り広げ、そのまま就職?します。
そして数年後、コーチや監督として、ドラゴンズに復帰します。

それで充分と言えば充分なのですが・・・
“星野”氏は違いました。

「本当に強いチームを作るには、リーダーが
【井の中の蛙】ではアカンのや!」


モチロン、現役時代に作った【人脈】があってこそでしょうが
全国ネットのNHKと契約をし、東京で勉強し、人脈を広げました。
(キャスターになったのは【運】ですが、それも実力の内でしょう)


そこで、ジャイアンツV9時代の名監督“川上 哲治”氏(NHK開設者)に付いて
監督の勉強をします。
と同時に、他の11球団とも個人的なつながりを作っています。


そしてそれを4年間で吸収しまとめ上げて
ドラゴンズの監督として、ユニフォームに袖を通しました。

若干39歳の青年監督が、会見の席で選手に向けたメッセージが

「覚悟しとけ!」
 でした。



  


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2018年01月30日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その3

2週間前・・・第1話の中で

エース:“星野 仙一”投手が、1人でどれだけガンバっても
“王”選手・“長嶋”選手を擁するジャイアンツに勝って優勝するためには
それでも不十分だったようです。

と、書きました。


これは、“星野”投手が引退してから感じたり、見聞きしたことですが

若い頃から『勝てるチーム作り』を考え、実践してたようです。


早い話、vs ジャイアンツ 3連戦で、自分が勝っても後の2人が負けたら
「負け越し」ですから、ドラゴンズがジャイアンツに負けたことになります。

それを許してたら、いつまで経っても優勝は無理ですから
それを許さない「リーダーシップ」を持って、戦力の向上を考え
投手陣、打撃陣を問わず、若手を育て引っ張っていた…と感じています。


そして、1974年、ジャイアンツの10連覇を阻止し、リーグを制します。




モチロン、“星野”投手が監督を差し置いてチームをまとめた成果だ!
と言いたい訳ではありませんが
大きな手助けになっていたことは、間違いないと思っています。

「その証拠」・・・と言えるほどではありませんが
1982年の優勝を最後に、“星野”投手が引退しましたが
翌年のドラゴンズは、前年の優勝チームとは思えない・・・という感じで
投打ともに精彩を欠き、5位と低迷をしてしまいました。

どうしても、【お目付け役】がいなくなり、気持ちがダレた…と思えて
仕方がない戦いに、見えることが多いシーズンだったと記憶しています。

優勝監督が、翌年クビになり
次の監督も、1年目は2位と健闘したものの
2年目・3年目と5位と低迷し・・・いよいよ1986年シーズン終了後

中日ドラゴンズ、“星野 仙一”監督が誕生します。


では、また。(^0^)/~~ バイバイ
  


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2018年01月23日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その2

日本では、ライバル関係の代表格・・・というと
『東』と『西』・・・もっと言うと、『東京』と『大阪』という
対比図が基本にある為、プロ野球でも
『ジャイアンツ』のライバル球団は『タイガース』でした。


岡山県で生まれ育った、“星野 仙一”少年は、タイガースファンであり
明治大学から『中日ドラゴンズ』に入団した時も
「タイガースの“村山”投手のファン」という理由で
背番号「11」を希望したそうです。
(空いてない…ので、倍の?「22」でスタートしました)




元々【アンチ巨人】の想いは、あったと思いますが
ドラフトで、「条件が揃ったら、指名する。」と言ってたジャイアンツが
(よくある事ですが・・・)条件が揃ってる中、他の選手を指名して・・・
「カチン」と来てるところへ、指名したのが『中日ドラゴンズ』

同じ、セ・リーグ…だけでは無い、球団の母体が同業者の新聞屋で
他のチームが
「優勝するためには、ジャイアンツを倒さないと・・・」
とか言ってる中、『中日球団』にとっては
「中日新聞 vs 読売新聞」の代理戦争なので
「優勝うんぬん以前に、『読売』だけには負けるな!」
というのが、チームの命題でした。

これを【縁】と言わずして、何を言えば良いのか?分かりません。


“星野 仙一”投手は、【打倒!読売ジャイアンツ!!】
というキャラ設定・・・ の象徴的存在になりました。




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2018年01月16日

悪魔のように細心に、天使のように大胆に。その1

小学5年生・・・だったかな?
クラスのヒーロー的存在の男子に突然

「野球好き?どこのファン?僕は中日ドラゴンズ。」

と聞かれ、全く興味が無かったのに

「あぁ、ボクも中日ファンだよ。」

と、つい答えてしまったのが、私がドラゴンズファンになったキッカケです。

だから、私の野球観やドラゴンズ論が、ペラッペラなのは仕方がありません。



丁度その頃、“星野 仙一”投手が「ドラフト1位指名」で
明治大学から『中日ドラゴンズ』に入団しました。






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2018年01月09日

さらば!任侠野球!!

1月6日(土曜日)の早朝、【訃報】を知らせるメールが届いてから
全身の機能が停止し、予備の電子頭脳が日々の生活を淡々と推し進めている
状態でしたので、ブログをお休みしておりました。

申し訳ありません。m(_ _)m ヒラニーヒラニー
今日から再開します。


その【訃報】とは、皆さんお察しの通り
1970年代のドラゴンズをエースとして引っ張り、優勝に導き
監督としても、ドラゴンズを2度のリーグ優勝に導いた『名監督』
“星野 仙一”氏がお亡くなりになった・・・件です。



喜怒哀楽を激しく前面に出すキャラクターへの「好き・嫌い」
が分かれるお方ですが
わたし個人としては、これほど魅力的な人間はいないと思っています。




さすが『中スポ』
ユニフォーム姿で、これほど暖かい表情の“星野”監督の写真は
滅多にお目にかかることはできません。

怖い」イメージが強いお方ですが
私ら世代のドラゴンズファンが思ってる“星野”監督の本質は
この写真が最も表している・・・と思ってるはずです。


タイトルで使いました【任侠】と言う言葉は
ヤクザを表すときに用いられるので、そっちのイメージが強いのですが
Wikipedia によると・・・
「任侠」とは本来、仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいたりする人を見ると
放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神や人の性質を指す語。


と、書いてありましたので、使わせてもらいました。


しばらくの間、毎週火曜日は、この件を書かせて頂こうと思います。


では、また。(^0^)/~~ バイバイ


  


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2017年12月14日

祝!“大野 奨太”捕手、獲得!その3

FA宣言をし、我らがドラゴンズと正式契約をしました“大野 奨太”捕手



昨日、入団発表が行われ、背番号「27」を着けることになりました。
「27番」と言えば、エース捕手のナンバーで
“谷繁”捕手や、元ヤクルトの“古田”捕手の番号です。

さぁ、何を期待しましょうか?((((o゚▽゚)o))) ワクワク ♪「





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2017年12月12日

祝!“大野 奨太”捕手、獲得!その2

FA宣言をしました『日本ハム・ファイターズ』“大野 奨太”捕手



我らがドラゴンズの、獲得が決まったようですが、賛否両論のようです。

「賛」は良いとして、「否」の理由は2つ。

【目立たない打撃成績】と【ドラゴンズの若手捕手】です。




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2017年12月10日

祝!“大野 奨太”捕手、獲得!

木曜日に、「1日順延」をしての今日のブログ記事ですが
慌ただしい時期で、時間が取れなかったので・・・
今日は、急遽入ってきた記事に対する考察の・・・
予告編的な内容で、ご容赦ください。m(_ _)m ヒラニーヒラニー





FA宣言をしました『日本ハム・ファイターズ』“大野 奨太”捕手



我らがドラゴンズの、獲得が決まったようです。

「人的保障が必要な選手」なので、獲得自体に賛否両論ありましたが
必要だから、獲得した選手であり
近い将来の「ドラゴンズ優勝」の為に、欠かせない選手だと信じています。

・キャッチャーとしての、【守りのスキル】の高さ・・・
・日ハムのファンから、とても好かれていた「人柄の良さ」


とりあえず、この2つだけでも、ドラゴンズに足りない部分なので・・・



今週は、そこら辺りの話をしていきたいと思います。

よろしくお願いします。(^人^) オネガイ


では、また。(^0^)/~~ バイバイ
  


Posted by ジュエル at 09:30 │野球ネタ

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2017年11月07日

ナゴヤドーム満杯計画 その④

去る、10月26日に『プロ野球ドラフト会議』が行われました。

このような言い方は、大変に失礼なのですが
今年のドラフト候補は【不作】の年で、ドラゴンズに関しても
2位指名以降の高校生はモチロンですが、1位の“鈴木”投手ですら
即戦力ではない・・・という話も聞いています。

今は、毎週のようにTVの『ドラゴンズ応援番組』で
ドラフトで指名した選手が、「いかに素晴らしい選手であるか?」
を教えてくれていますが、来年の今頃・・・何人を覚えているでしょう?

ちなみに、去年のドラフト指名選手の3位以下の選手は・・・

3 “石垣 雅海”     内野手  酒田南高
4 ‟笠原 祥太郎”    投手   新潟医療福祉大
5 “藤嶋 健人”     投手   東邦高
6 ‟丸山 泰資”     投手   東海大


一昨年は・・・1位から・・・

1 ‟小笠原 慎之介”    投手    東海大相模
2 ‟佐藤 優”      投手    東北福祉大
3 ‟木下 拓哉”      捕手    トヨタ自動車
4 ‟福 敬登”      投手   JR九州
5 ‟阿部 寿樹”      内野手   ホンダ
6 ‟石岡 諒太”     内野手   JR東日本


どうしても、1軍にいない選手は、忘れられがちになります。
実力の世界ですから、それは仕方ない事ですが・・・
商売の戦略としてどうなんでしょう?

SNS時代の戦略として、2軍の選手こそ
入団前の輝かしい成績を、もっと発信して
選手個々の【商品価値】を高める努力をしても良さそうに思います。



例えば・・・





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Posted by ジュエル at 09:30 │野球ネタ

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2017年10月31日

ナゴヤドーム満杯計画 その③

去る、10月26日に『プロ野球ドラフト会議』が行われました。

我れらが『中日ドラゴンズ』は、1位指名にMAX157km/hの剛腕



ヤマハの“鈴木 博志”投手。
そして2位に、キレッキレのボールを投げる高校生の“石川 翔”投手



を獲得。下位にも注目の選手がいまして・・・
個人的には、満点以上の出来だと思っています。


正直、キャッチャーは【即戦力】以外は、ドラゴンズは不要・・・
ファーストしか守れない、高校生は、パ・リーグの方が良いのでは?

と思っていましたので、結果論で「満点以上」になった・・・
と評価しています。


やはり、ナゴヤドーム満杯にする為には
ドラゴンズが強くなるのは、根本的に必要な条件ですからね。
今後も、効果的な補強を続けて、来シーズンに臨んで頂きたいです。


そこで、【ナゴヤドーム満杯計画】ですが・・・
根本的な解決策を何一つ提示できないまま、続きます。(ゝω・) テヘペロ






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